地元なのだけれど、最近は歩く事もなかった仙台。タモリさんも来ていたなぁなんて思いつつ、壱弐参(いろは)横丁やら何やら歩きました。
昭和20年7月10日の仙台空襲で市街の中心部は焦土と化したそうです。
そんな中、戸板にゴザを敷き、焼け残った物資や日用品を並べて売り始めた一番町2-3の壱弍参(いろは)横丁。
一番町西本願寺境内で、衣料や食料品などの生活必需品の供給拠点としてバラックから始まった東一市場。
空襲後の焼け野原に建てられた木造モルタル造りのマーケットとして、戦後すぐに飲食店や洋裁店などが集まった仙台銀座商店街。
文化横丁は、大正13年に誕生した「東百軒店街」。翌年に活動写真館「文化キネマ」が出来たことからそう呼ばれるようになりもはや100年の歴史。
何というか、戦後がまだ生きている路地や横丁、商店街がけっこうあります。
仙台の商人たちが出資しあって公設市場としてそれぞれ盛り上げて来ました。
僕の父親もそんな仙台で商売をしていましたが、僕が継がなかったので、父の代でおしまい…まぁ、それはそれとして(笑)
コーヒー屋もそこそこあります。父の店が空き店舗になっていたりして…そこでやるのもアリかとけっこう考えたものですが、まだ仙台には。
福島は壊す文化だと聞いたことがあります。古いものは壊して新しく。
それも悪くはないのですけど、古さがもたらす味まで壊す事もなかろうにと思ってしまったり。
なので一つ二つ古いものを古いままに、新しい息吹きを吹き込むのも面白いのではと最近は思っています。
自分の焙煎に関わることだけでなく、町の動きに関わること。何かできたら楽しいだろうなぁなどと。
大変そうだから、思ってるだけになるかもしれませんけど…すでに頑張ってる人たちもいますし。
とりあえず自分用で。ただ、なかなか古くて感じの良いものや場所もいいなぁというものは見つけにくいですね。
明日はまたお休み。お休みばかりですいません。月曜からは通常運転です。
#unit_coffee_stand
