「おぉ月が、おぉ月が」
五大堂の四阿に立つたァ博士
松島の空に上った月の姿を眺めて
威激の聲を放つ
河北新報 1922年12月5日
1922年12月2日、アインシュタインは東京・上野駅から東北線で仙台駅に到着。
夜にもかかわらず、駅は受け入れを主導した東北帝大(現東北大)の教員や学生らで埋め尽くされたと当時の河北新報12月4日の記事にあります。
相対性理論で名高いアインシュタイン。彼が日本滞在で最も感動した景色が、日本三景松島。その湾内に浮かぶ月だったそうです。
旅館「白鴎楼」のあずまやからは満月に近い丸い月が、ちょうど五大堂の上にあったそうです。
明治の半ばまで、松島へ行くには塩釜から船に乗るのが主要な移動手段。松尾芭蕉も船で松島を訪れていた…はず。
そんなことが書いてありました、どっかに。今日見ましたから、松島で。
アインシュタインは東北線に乗り込み旧松島駅で降り、同駅から松島海岸の五大堂を結んだ宮城初の電車「松島電車」に乗って午後4時すぎ、松島海岸に到着。
彼を松島海岸に運んだこの松島電車は、その年の2月に開業したばかりでした。
それは後の宮城電気鉄道(現JR仙石線)と松島公園駅(現松島海岸駅)の開業につながったそうです。
僕の曾祖父は路線の策定など、仙石線敷設に関わったそうですが、本当かどうかは疑わし…(笑)
今日は1日雨。雨足も強め。
震災の津波から、松島はまさにその島々が守ってくれたようですが、それでも被害は免れなかった様子。
何年かぶりで訪れた松島は、変わらないものと新しいものがうまく混ざり合っていました。
しとしとというオノマトペよりはざぁざぁ。五大堂の端からはぽたんぽたんと雫が落ちていました。
今日の松島の海は銀の糸を引いたように霞がかかって煙っていました。
遠い記憶が掠れてぼんやりと思い浮かぶような様は、どこか懐かしく。
こんな天気でもコーヒーは美味いものですが…全く飲んでません。今日もまたコーヒーとは無関係。
明日は10時から。「暫くは」ワンオペとなりますのでお時間頂くこと、ご容赦ください。
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