宮城県栗原市から栗駒山麓を越えて秋田仙北地方に通じる道は、1051年、前九年の役の安倍貞任の鬼切部(鬼首)の戦の時に、仙北道栗駒越えとして初見
日本山岳会「日本の山岳古道120選 栗駒古道」
一関から栗駒山を上がり、須川温泉へ。
山へ入るにつれて空は重くなり、須川の露天風呂では強いシャワーの様な雨。
須川は宿の周りを源泉が川の様に流れるほどの湯量。源泉まではすぐそこ。
秋田県側へ下ると、山中は滝行かの様なような雨。
宮城県へ入ると途端に雲が切れた。山ひとつ越えただけなのに、空が変わる。
湯浜へ。
道の脇に車を置き、山道を10分ほど。その先に今もランプの灯りを使う湯浜の宿。
そして温湯へ。すぐ近くにある寒湯番所跡にも立ち寄った。
文化庁の文化遺産オンラインで見ると、寒湯の名は、その温泉に由来するが、明治以後温泉は温湯と改められたとか。
このあたりは、昔から山を越えて人が行き来してきた場所。
栗駒山を越えて秋田仙北地方へ通じる道は、古くは栗駒越え、仙北道などと呼ばれ、江戸時代には伊達藩の「上羽路」となった。
山中には一里塚や旅人のためのお助け小屋が置かれ、さらに藩境の警備のため、上羽路から花山方面へ「下羽路」が開かれた。
その道筋に置かれたのが、寒湯番所。
いまの温湯に残る番所は、仙台藩と秋田藩の境へ向かう「花山越え」の要衝に置かれた関所。
かつての街道は現在の道路とは違い、番所の表門をくぐり、検断所の前を通っていたという。
いま残る表門や役宅は、安政年間のものとのこと。
昔の道を辿ろうと思っていたわけではないし、歴史のロマンみたいなものは然程関心はなかったのです。山岳信仰を巡る旅でもない。
それでも、須川から湯浜へ、そして温湯へと山を下ってくると、そこには昔日の山越えと、人の往来の時間が重なっているように思えました。
花山を抜け、古川へ出て、そこから福島へ。
山と雨と湯。
その間を今日一日、ただ旅をしてきました。
明日は雨とコーヒーと湯当たり。10時から、お待ちしてます。
参考
・日本山岳会「日本の山岳古道120選 栗駒古道」
・文化庁「国指定文化財等データベース 仙台藩花山村寒湯番所跡」
・宮城県「指定文化財〈史跡〉仙台藩花山村寒湯番所跡」
・『日本歴史地名大系』「寒湯番所跡」「花山温泉」
