2026.09.14

.宮城県栗原市から栗駒山麓を越えて秋田仙北地方に通じる道は、1051年、前九年の役の安倍貞任の鬼切部(鬼首)の戦の時に、仙北道栗...


宮城県栗原市から栗駒山麓を越えて秋田仙北地方に通じる道は、1051年、前九年の役の安倍貞任の鬼切部(鬼首)の戦の時に、仙北道栗駒越えとして初見
日本山岳会「日本の山岳古道120選 栗駒古道」

一関から栗駒山を上がり、須川温泉へ。

山へ入るにつれて空は重くなり、須川の露天風呂では強いシャワーの様な雨。

須川は宿の周りを源泉が川の様に流れるほどの湯量。源泉まではすぐそこ。

秋田県側へ下ると、山中は滝行かの様なような雨。

宮城県へ入ると途端に雲が切れた。山ひとつ越えただけなのに、空が変わる。

湯浜へ。

道の脇に車を置き、山道を10分ほど。その先に今もランプの灯りを使う湯浜の宿。

そして温湯へ。すぐ近くにある寒湯番所跡にも立ち寄った。

文化庁の文化遺産オンラインで見ると、寒湯の名は、その温泉に由来するが、明治以後温泉は温湯と改められたとか。

このあたりは、昔から山を越えて人が行き来してきた場所。

栗駒山を越えて秋田仙北地方へ通じる道は、古くは栗駒越え、仙北道などと呼ばれ、江戸時代には伊達藩の「上羽路」となった。

山中には一里塚や旅人のためのお助け小屋が置かれ、さらに藩境の警備のため、上羽路から花山方面へ「下羽路」が開かれた。

その道筋に置かれたのが、寒湯番所。

いまの温湯に残る番所は、仙台藩と秋田藩の境へ向かう「花山越え」の要衝に置かれた関所。

かつての街道は現在の道路とは違い、番所の表門をくぐり、検断所の前を通っていたという。

いま残る表門や役宅は、安政年間のものとのこと。

昔の道を辿ろうと思っていたわけではないし、歴史のロマンみたいなものは然程関心はなかったのです。山岳信仰を巡る旅でもない。

それでも、須川から湯浜へ、そして温湯へと山を下ってくると、そこには昔日の山越えと、人の往来の時間が重なっているように思えました。

花山を抜け、古川へ出て、そこから福島へ。

山と雨と湯。

その間を今日一日、ただ旅をしてきました。

明日は雨とコーヒーと湯当たり。10時から、お待ちしてます。

参考
・日本山岳会「日本の山岳古道120選 栗駒古道」
・文化庁「国指定文化財等データベース 仙台藩花山村寒湯番所跡」
・宮城県「指定文化財〈史跡〉仙台藩花山村寒湯番所跡」
・『日本歴史地名大系』「寒湯番所跡」「花山温泉」
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