生きていくために必要なものではないかもしれないけれど、日常を繰り返していくためになくてはならないもの
吉田篤弘 月とコーヒー
県工の櫻
朝には、日が当たるところから開花し始めたという感じでしたが、20時過ぎの帰宅時にはだいぶ花開いていました。
雨に濡れた花弁もまた綺麗なものではあります。花散らしの雨にはならないでしょう。
花を愛でることやその気持ちは、生きるために必要なことではないのでしょうが、それがなければ味気ない。
生きるために必要ではないこと、要は生命維持以上の意味を持たないモノゴトが、日常を送るためには必要なモノゴトなのだと桜を見つつコーヒーを淹れていました。
コーヒーも生きるために必須のものではないのですが、無ければ味気なく。
ただ、飲み過ぎると生命維持に危機感感じることもあります。危機を感じるだけですが。
OREAの抽出レシピを、ひたすらに。お客さんのいない時はひたすらに。接客が落ち着いていればその隙にも。
胃が犠牲になり…あまりにも試してはダメ、試してはダメで精神にもボディーブローのように…。
更には毎度のように皐太郎にも飲ませて、何杯飲ませるんすかと、他者まで犠牲に。
決っしてOREAの上にorigami重ねて抽出なんてしていません。
結果的に浅煎り、深煎り共にそれぞれ感じ良いレシピが、たぶん見つかりましたが。
2分20秒辺りで抽出が終わるので、浅煎り、深煎り同時に頼まれても何とかなるかと。
生命維持とは別のベクトルで、生きるために必要なことの多くは、生きるためには不要なことなのです。
不要だけれど豊かになる余白のようなものを、明日も10時からお出ししますので、お越しをお待ちしてます。
#unit_coffee_stand
