実家の本棚を見ていて思い出したことなんで、どうでもいい話しですが、どうでもよいのはいつもの事。
母親の本だから、全部は読んでいないけれど、だいぶ読んではいて。
でも、これ面白いから、良い本だから、読むといいよなどと勧められたことは一度もなかった気がする。
クソ忙しいからと息子の飯も適当になるのに、くすりと笑ったり、こめかみあたりに人差し指を当てて首をかしげたりしながら、ちょっとの隙間に母親が読んでいる姿を見て、興味をもったのは確か。
そこに自分の知らない何かがあるかもしれない、もしかしたら今自分が抱えているモヤっとしたものの答えがあるのかもしれない、行ったことも見たこともない風景が広がっているかもしれない。
その姿からはそんなことを思ったのだったような気がします。
一人の世界に浸れるのは本の良いところなのだけれど、同時にとても広い「世界」に繋がっています。
孤独ではあっても、孤立ではない。それは必ず世界に繋がっているから。その物語は必ず何かに繋がる。
とてつもなく広がった物語を、楽しそうに話してくれる子供の世界は、図鑑のたった一枚のクワガタの写真だったりします。
この本読んでごらん、人生感じ良くなるよ、すごく面白いよ、と言うような紹介をされることは沢山あって。
結局どれも響いたことがない。それは僕が少々捻くれているからかもしれないのだけれど。
僕の中の物語を豊かにしてくれるのは、あなたの世界の豊かさを分けてくれるものではなくて、なんかあるかもね、なんて言う曖昧な誘いなんです。
それは本でなくとも。
もちろんコーヒーもそうなのだと思います。
明日は10時から。いつものようにお待ちしています。
店先のクワガタ、明日はどこにいるでしょうね。彼らの世界はどんな感じなのでしょうか。
