僕は元々、心理師という職業柄、幻覚や妄想、強迫観念や不安、怖れといった体験や思考について、普通より少し多くの方から話を聞く機会があったと思います。
何らかの障害や疾患があると、それが鋭敏な感覚や特別な才能につながっているのではないか、という幻想を僕たちは持ちやすい。
けれど、それは決して一般的なことではありません。 障害や疾患があり、その出方が今の社会や文化とうまく噛み合わなければ、とても生きにくい。
その生きにくさを抱えているという点では、その他は僕らと何も変わらない。僕が凡庸であるのと同じくらい、特別ではないのです。
もちろん、「健常」と呼ばれる僕らも、それぞれにたくさんの生きにくさを抱えています。直接的な差別や偏見を除けば、そこは何も変わらないのかもしれません。
だから悲しいことに、多くの人は自分の中にあるものを表現する手段を持ちません。
幻視や幻聴、強迫観念という極めて個人的な体験を、その描写への強烈な動機から、強迫的とも言える反復によって表現し続けた草間彌生。
「疲れますけど、死ぬまでにもっともっといい仕事をしなければならないと思っているんです。」 (草間彌生 『美術準備室』第4号、2013年)
その作品は、反復を重ねながら、次第に次第に色数を増していきます。同じことを繰り返しているようでいて、決して同じものにはならない。
創作が彼女の「生」そのものとなっていくその過程を見ることができる、本当に良い展示でした。
僕ができることなんて、たかが知れています。 たかが知れているのだから、やらなくてもいいのではなくて、そのくらいはやり続けたい。
彼女は描き続ける。同じことをただ繰り返すのではなく、まだ見えていないものがあると、信じ続けているのかもしれません。反復の中で、その表現は常に変化し続けていました。
僕のコーヒーも、表現も、毎日同じことを繰り返しているようで、日々変わり続けている…かもしれません。
明日は10時から。
変わっていないようで、少しずつ変わっているかもしれない僕の表現を、感じに来てみるのも一興かもしれません。
